"ポルポト"

活動レポート

ポルポトの記事へのご意見をいただきました

ブログにてカンボジアについて様々なことを発信していると、いろんなご意見を頂けます。 これは、発信者にとっては、読み手がどのようなお気持ちで受け止めていらっしゃるかがよくわかるという点で、大変貴重なことです。 まずは、ブログを楽しみにして・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポトと幹部たちのその後

ポルポト政権崩壊後の複雑な歴史 1979年、カンボジアにベトナム軍を味方につけたヘンサムリン政権が誕生すると、ポルポト率いるクメールルージュは、タイ国境近くのコッコン州とバッタンバン州に潜伏し、政権側との内戦状態を継続しました。 新・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポト政権後のカンボジア

カンボジアと言えば、ポルポト政権時代に行われた虐殺のみがクローズアップされがちですが、今日は、その後の歴史について触れてみようと思います。 ポルポト政権時代に再教育と称して行われた、非人道的な虐殺についてはこちらの記事をお読みください。 ・・・>>記事を表示する
活動レポート

ポルポト時代を生き抜いたカンボジア人女性ポンナレット久郷さんの存在

トップのお写真は、久郷ポンナレットさん。 私がカンボジアを支援する理由の一つになっているのが、この方の存在。 現在、日本に住んでいる正真正銘のカンボジア人です。 彼女は、1975年~79年の間のポルポト政権下のカンボジアで、ご・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポト政権とクメールルージュの全容がすべてわかるアプリ

カンボジアの近代史を語る上で、必ず人々の関心を呼ぶのがクメールルージュ支配下の出来事。 ポルポト政権時代の民主カンプチアの国旗。 この赤い国旗が意味するものを、私たちはもう一度考える必要があります。 この時代に、200~300万人・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポト政権が3年8カ月の間に行ったこと

1975年4月17日 人々は悪夢を見た ポルポト軍が破竹の勢いで、首都プノンペンに迫ってきました。 アメリカ軍はすでに引き上げています。 もはやこれまでと観念したロンノル将軍は、政権を手放し、1975年4月1日ハワイへ逃亡しました。 ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

1975年4月17日 ポルポト政権が生み出した負の遺産の始まりの日

この記事は、ポルポト政権が生まれた背景の続きです。 フランス統治時代のプノンペン 1970年代、プノンペンは、当時東洋でも指折りの大都市でした。 西洋風の建物におしゃれな街並み。 市場には人が集まって、賑わいを見せていました。 ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポト政権が生まれた背景

カンボジアの歴史を語るとき、誰もが虐殺が行われたポルポト時代だけに目が向きがちですが、時代の流れには必ず周囲の情勢が関わっています。 そこで、ポルポト政権が台頭した理由を当時の背景を含めて解説したいと思います。 第二次世界大戦後のイデオ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

【ポルポトの虐殺の展示】トゥールスレン博物館とキリングフィールド

プノンペン中心部にあるトゥールスレン博物館は、虐殺の歴史を現在まで保存してある貴重な史跡です。 正式には、トゥールスレン虐殺犯罪博物館と言います。 元は、高等学校ですが、教室が収容所、監禁場所、そして拷問の場所として使用され、ここで・・・>>記事を表示する

カンボジアの概要