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カンボジアの歴史

ポルポト政権とクメールルージュの全容がすべてわかるアプリ

カンボジアの近代史を語る上で、必ず人々の関心を呼ぶのがクメールルージュ支配下の出来事。 ポルポト政権時代の民主カンプチアの国旗。 この赤い国旗が意味するものを、私たちはもう一度考える必要があります。 この時代に、200~300万人・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

紀元前の建築物タケオ州のPhnom da

メコン川流域は、早くから文明が起こった地域です。 この地域の中でも、カンボジア南部(越南)は元はクメール王国の領地でした。 強大な権力を象徴するクメール王国の寺院Phnom daはタケオ州のAnchor borey地区にあります。 ク・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

スピエン・コンポンクデイ

シェムリアップから、ナショナルロード6号線を車で1時間15分ほどプノンペンに向かって進むとコンポンクデイという町があります。 ここにあるのが、コンポンクデイの古代橋です。 この橋は、アンコール王朝ジャヤバルマン7世の時代に作られまし・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

アンコールワットのサンライズ

今回、ご参加いただきましたご支援者様が、アンコールワットのサンライズ写真を送ってくださいました。 分刻みで変化する空の色。 水面に映るアンコールワットの影と空。 光を浴びて、はっきりと姿を現す寺院の姿。 まさに、息をのむ光景です。 ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

6MAKARA

カンボジアでは、1月7日は特別な日。 それは、ポルポト政権を追放した日であり、人々が圧政から解放されたことを意味する日なのです。 これを、7MAKARA(マカラはクメール語で1月の意味)と呼び、地名や通りの名前に7MAKARAと付けられ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

カンボジア内戦は大国のアジア侵略とつながっている

はじめに この記事は、アジアの近代史までも含めて、カンボジアに及ぼした影響について触れています。以前の記事、ポルポト政権が生まれた背景と合わせてお読みいただければと思います。   戦争のない平和な社会であり続けること。 この・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

王様の沐浴場「スラスラン」

アンコール遺跡の中に、巨大な池のような場所があります。 名前は、「スラスラン」。 王の沐浴池で The royal bathing poolとも訳されています。 大きさは、東西 に700メートル、南北に300メートルあり、中央に人・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ガイドブックに載っていない名所「Phnom Reap Monastery」

プノンペン観光では、ほとんど知られていない場所をご紹介します。 「Phnom Reap Monastery」という仏教寺院です。 市内からは30kmほどで、車では1時間ほど走ります。 特徴は、通常の寺院ではなくて、建築様式が古代ク・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

250年間カンボジアの首都だったウドン

ウドンは、1618年~1866年まで、カンボジアの首都として栄えた古都です。 日本のうどんは、この街の名物の麺類を日本人が持ち帰って広めたことから、付けられた名前だとも言われていて、興味深いですね。 プノンペンから、国道5号線を・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

前シアヌーク国王の功績

独立の父「シアヌーク国王」 Norodom Sihanouk(1922年10月31日 - 2012年10月15日) カンボジア王族の息子として、カンボジアの首都プノンペンで生まれました。初即位は、祖父のシソワット・モニヴォン・・・>>記事を表示する