ポルポトの虐殺の歴史をいかにして次世代に伝えるかという問題

カンボジアの歴史

ポルポトの大虐殺の歴史からすでに40年の歳月が流れ、現在の学生たちは全くそのことを知りません。

では、現地カンボジアでは、この歴史的事実をどのようにして次の世代に伝えているかをご紹介したいと思います。

特に際立って目に付くのは、プノンペン周辺の学校では、高校生がS21やキリングフィールドを訪問するという社会見学学習を行っているのを見かけます。

学生たちは、あらかじめ学校で事前学習を行っていて、各自の課題を設定して、それを見学を通して検証するという学び方のようです。

ところが遠くの学校では、プノンペンまで足を運ぶことは困難です。

そこで、コンポンチュナン州のHunsen Meancheay high schoolで行った興味深い取り組みをご紹介したいと思います。

それは、

ポルポトの大虐殺をロールプレイで理解を深める

という手法。

題名は、「Understanding the khmer rouge history in my village」です。

指導されたのは、Pong Rasy先生です。

冒頭のあいさつで、政策に協力してくれたカンボジア教育省の方々、関係者、生徒たちにお礼を伝え、この歴史を正しく認識し、後世に伝えて欲しいと述べました。

地元の小学校高学年の生徒、中学生、村の人々が大勢集まっています。

さて、劇が始まりました。

当時、村の人々は、都会から来た人(新住民)と村人(旧住民)に分けられていました。

それぞれに扮した学生たちがステージに登壇しました。

オンカー(上の意味)は、偉大で寛大である。

クメールルージュ兵士と旧住民は、

「これからの時代に必要な人材を育成するために教える人が必要です。」

とうそを言い、自白させようとします。

一人一人にロンノル体制の下で何をしていたのかを自白させていきます。

教師だったと自白した人は、後で殺されることになります。

私は病気がちだったのでずっと家にいましたというと、嘘をつけと怒鳴ります。

「私は、役者をしていました。」

「それならやって見せろ。」と兵士は言います。

演じて見せる男性役の学生。

コミカルな演技に思わず笑いが・・・。

しかし、一通り尋問した後、知識人は決して生かしておかないという掟に従い、一人一人、惨殺されていきます。

農具で頭をたたき割られる人。

ナイフで刺される人。

鋭利な植物の葉でのどをかき切られる人。

学生たちは静まり返ります。

当時のことをある程度知っている人々も、自分のトラウマと重なっていたのかもしれません。

劇に出演した学生は、

「自分で演じることで、その当時の人々の気持ちを想像することができたし、それを一人でも多くの人に伝えたいという気持ちになりました。」

と語ります。

最後に、熱演した学生たちにはプレゼントが渡されました。

コンポンチュナンを悠然と流れるメコンは、すべてを見ていました。

戦争の歴史を伝える方法として、日本の先生方にもヒントになるのかもしれません。


最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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コメント

  1. クメールタヌキ より:

    ポルポト政権時代の虐殺を継承とか検証するのはカンボジアでは難しいのでは?彼らはあの時代の事を忘れたいと思っている。カンボジア国民全てではないけど。クメールルージュの幹部やポルポト政権時代の幹部も死んだり責任逃れ恩赦などで反省もなくのうのうと生きてる奴もいる。難民になりすまして海外に逃げた下っ端も多数いると思う。本当にポルポト政権時代の責任者を裁く気があれば特別法廷で裁かれたのにそれをしなかった。結局今でも殺した側と殺される側が一緒に生きている。でもそれはそれでよかったのかも知れない。カンボジア国民はあの時代をこのまま忘れるつもりだと思う。
    昔カンボジアに入り込みちょっと暮らした事がある。国連が入りカンボジアが混乱していた頃だ。
    みなポルポト政権時代は忘れて暮らしたいと言った。カンボジア国民の本音だと思う。

    • TatsuhiroTatsuhiro より:

      ご意見、ありがとうございます。私もクメールの人々の本音として、過去のトラウマから解放されたいというのは心のどこかにあると思っています。実は、様々な人々と触れ合う中で、私がよく知っているカンボジア人女性方で、ポルポト時代の事実を講演会で語りつづけている方がいらっしゃいます。彼女は、両親と兄弟姉妹6名を1975-79に亡くされています。そして、この方は「憎しみからは何も生まれない。」と常々語り、争いのない平和な世界を願って活動しています。そんな意味で、あの大虐殺の時代が忘れ去られることなく後世に語り継いでいくことは必要だと考えている方も多いことをご理解ください。私も、この方同様、平和を願う一心で記事を書き、支援活動をさせていただいております。