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ポルポト

活動レポート

ポルポトの記事へのご意見をいただきました

ブログにてカンボジアについて様々なことを発信していると、いろんなご意見を頂けます。 これは、発信者にとっては、読み手がどのようなお気持ちで受け止めていらっしゃるかがよくわかるという点で、大変貴重なことです。 まずは、ブログを楽しみにして・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポトと幹部たちのその後

ポルポト政権崩壊後の複雑な歴史 1979年、カンボジアにベトナム軍を味方につけたヘンサムリン政権が誕生すると、ポルポト率いるクメールルージュは、タイ国境近くのコッコン州とバッタンバン州に潜伏し、政権側との内戦状態を継続しました。 新・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

バッタンバンのキリングフィールドで涙する

バッタンバンのキリングフィールド バッタンバンのキリングフィールドは、市の中心部からサンカー川沿いに北へ6㎞ほどのところにあるSamrong Knongというお寺の隣にあります。 大きな慰霊塔が建てられています。 USA、カナ・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

カンボジアの将来はどうなっていくのか

カンボジアの10年後は、どうなっているのか。 こんなことを最近よく考えます。 今回は、お若い方向けに「戦争・歴史・政治」の話題に始まり、国の将来を見据えての考えを述べさせていただきます。 「政治的中立を保つ」という観点から、批判する内・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

【ここでも殺戮が・・】スバイリエンのキリングフィールド「Wat Koh Chum」

プノンペンから、国道1号線をホーチミンに向かって120㎞。 そこが、カンボジア、スバイリエン州のセントラル。 そのまま進むと、50㎞ほどでベトナムとの国境の町バベットへ着きます。 ご存じの通り、ベトナム戦争~内戦時代には、ベトナム・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

キリングフィールドはカンボジア中にあるという話

写真を整理していたら、かなり前にバッタンバン州に行った時のものが出てきました。 バッタンバン州は、プノンペンからは、国道5号線で300㎞ほどの距離です。 写真の日付が、2018年4月9日になっていましたので、約2年前。 なぜバ・・・>>記事を表示する
活動レポート

いくつかの記事の閲覧数(PV)が急増

最近、驚いていることがあります。 以前書いたある特定の記事の閲覧数(Page View)が急増しているんです。 それが下の3つの記事。 ポルポト政権が生まれた背景 カンボジアで1960年代にポルポト政権が躍進したイデオロギーにつ・・・>>記事を表示する
活動レポート

ポルポト時代を生き抜いたカンボジア人女性ポンナレット久郷さんの存在

トップのお写真は、久郷ポンナレットさん。 私がカンボジアを支援する理由の一つになっているのが、この方の存在。 現在、日本に住んでいる正真正銘のカンボジア人です。 彼女は、1975年~79年の間のポルポト政権下のカンボジアで、ご・・・>>記事を表示する
カンボジアの歴史

ポルポト政権とクメールルージュの全容がすべてわかるアプリ

カンボジアの近代史を語る上で、必ず人々の関心を呼ぶのがクメールルージュ支配下の出来事。 ポルポト政権時代の民主カンプチアの国旗。 この赤い国旗が意味するものを、私たちはもう一度考える必要があります。 この時代に、200~300万人・・・>>記事を表示する
活動レポート

図書と共に伝わっていくこと

学校を訪問することの意義 学校支援訪問の意義を今一度考えてみました。 支援リストを入手する。 リストの中から、訪問に適した支援校を抽出する。 事前に訪問し、支援日を確定する。 こうして実現する学校支援訪問。 図書を届けるだけの目・・・>>記事を表示する