【2022年10月29日】シハモニ国王即位記念日に思うカンボジアの歴史

カンボジアの歴史

最終更新日 2022年10月31日

2022年は、10月15日(土) にノロドムシハヌーク前国王の命日、10月29日(土)には シハモニ国王の即位記念日、11月9日(火)はフランスからの 独立記念日と、祝日ラッシュが続くカンボジア。

カンボジア近代史は、前シアヌーク国王抜きには語れません。今もなお国民からの敬愛を受け続けていることからも、カンボジアの独立のために行ったその功績には、偉大なものがあります。

さて、今回は、前シアヌーク国王のご子息であるシハモニ国王について、ざっと書いてみようと思います。

バイオグラフィー

現シハモニ国王は、正式にはソムダッチュプリヤバロムニアット・ノロドム・シハモニと言いまして、1953年5月4日にプノンペンで誕生しました。

母親は、元国王シアヌークの6番目の奥様である元王妃であるノロドム・モニニヤット・シハヌーク(モニク元王妃)です。

生誕時に父親の前シアヌーク国王が日本を訪問していた時だったことから、TOKIO(東京)という愛称で呼ばれたと言われています。

ポルポト時代には、チェコに留学をしていましたが、ポルポト幹部の打った偽りの電報によって、帰国させられ、シアヌークと共に王宮に幽閉されました。

そして、内戦時代、内戦終了後の混乱期を経て、2004年10月7日に父が退位を表明すると、29日には約8万人もの市民に見守られながら、その即位の式が行われました。

2010年5月16日に国賓として訪日しています。

また、2019年10月22日には、即位礼正殿の儀に参列し、同日中に迎賓館で安倍総理大臣と会見しています。

前シアヌーク国王からの寵愛

前シアヌーク国王が、数々の映画作品を残している中で、こちらのシハモニ国王も幼少時にその映画に出演しています。

タイトルは、「The Littel Prince」。

慈悲深い王子役で出演しています。そんなことから、幼少時から、後継者として育てられたのではないかとも思えます。

実際に、前シアヌーク国王は、相当数の子孫を残しておりますが、5人の子供と14人の孫が、ポルポト時代に不遇にも行方不明になったり、命を落としていたりしています。

現シハモニ国王の弟に、ナリンドラポン王子がいましたが、彼はポルポト時代に共産思想教育を受け、シアヌーク国王を王宮内で監視していたという説があります。

しかし、彼は、2003年10月8日、心臓発作のため49歳の若さでパリで亡くなっています。王宮内に、写真が埋め込まれているお墓があります。

内戦後の選挙により、政権の座に就いたシハモニ国王の異母兄であるラナリット王子(1944年1月2日 – 2021年11月28日)が現首相との確執により政界から退くと、前王妃の実子であるシハモニが、国王として推挙されるのも自然の成り行きだったのかもしれません。

カンボジアの学校の全教室には、前シアヌーク国王、前モニク王妃、シハモニ国王の3人の写真が掲げられています。

なお、カンボジアの王室の歴史については、こちらにドキュメンタリーとしてまとめられています。

英語版、画質優良です。


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